2017年04月14日

個々(KOKO)の取り組みに固執する残念な地方創生~なぜ工場誘致と観光客数アップを目指すと失敗するのか

残念な地方創生シリーズ、最終回は「個々(KOKO)の取り組みに固執する」ことについて書きたいと思います。 個々の取り組みとは全体像を捉えずに各プレイヤーも連携せずに個別バラバラな取り組み、ということはもちろんですが、もう1つ意味があります。それはKOKOの取り組みです。勘、思い込み、経験、思いつき、のそれぞれの頭文字をとったKOKO(個々)の取り組みです。

自治体が取り組む施策にはたくさんのKOKOの取り組みがあります。イメージし易いところでいくと、ゆるキャラやPR動画がこれに当たります。ご当地ゆるキャラを作ることが地方創生につながるのか?PR動画を作ることが住民にどのようなメリットになるのか。 例えば、移住促進PR動画を公開したところ瞬く間に話題になり、再生回数は100万回を超え、全国放送でも何回も取り上げられた自治体があります。では、その後移住者の数に変化は会ったのでしょうか? 統計を見る限りは影響はほとんどありません(と言うか、実際は動画を公開する前よりもその自治体への転入者は減少しています。)作られた動画のクオリティーはとても高かったし、面白い仕掛けもされていて、つい何度も見てしまいます。動画の再生回数を増やす、という観点からすると本当に素晴らしい大成功だったと思います。ただ、これはあくまで動画のできが素晴らしかっただけであり、移住者には今のところつながっていません。問題と課題を混同する残念な地方創生でも書きましたが、移住者を増やすために設定した課題が移住PR動画をバズらせる、ということの是非から検証する必要があります。全国の自治体がこぞってPR動画を作っていますが、これでは地方創生ではなく、D通創生ですね(苦笑) 動画がたくさん再生されてPRできれば移住者が増える、という「勘」とか「思いつき」からできた施策といえるでしょう。

その他にもKOKOの施策はあります。観光客数を増やす、工場の誘致もその例です。観光客を増やしても、工場を誘致しても地域の活性化になるとは限らない、と言われると意外に思われる方も入ると思いますが、これも「観光客が増えれば地域が活性化する」「工場を誘致すると地方創生につながる」という思い込みがあるからこそ、意外に感じるのです。

ではなぜ観光客数を増やしても地域の活性化につながるとは限らないのか。活性化の定義をどうするかという論点もありますが、ここでは第二回の「目標と目的が乖離していく残念な地方創生」でも書いた「人口ピラミッドをドラム缶状にする」ことを活性化とします。人口ピラミッドの歪みを整えることで、その地域の持続可能性を高めます。例えば、年間2000万人の観光客が訪れ、たびたび人気の温泉地ランキングでもトップに輝く箱根温泉がある箱根町。平日でも箱根湯本駅周辺はたくさんの観光客で賑わっています。ではさぞかし箱根町は活性化しているのだろう、と思って人口動態を見てみると、中学、高校を卒業した若者がどんどん町外に流出しています。箱根町の人口流出率は神奈川県でトップ。ものすごい勢いで若者が流出し、戻って来ません。この背景は観光産業が地元経済への波及効果を産んでいないことが要因として挙げられます。年間2,000万人の観光客が来て、温泉を楽しみ、飲み食いをして、宿泊するわけですが、食事は町外の食材が使われ、東京資本のホテルに泊まり、新宿本社の小田急電鉄のロマンスカーで往復する。それではせっかく箱根で消費されたお金がすぐに町外に流出してしまい、結果としてその他の産業に波及せず、雇用が生まれないため、若者が町外に流出していくのです。(箱根で働く人の多くは町外から勤務しています) つまり、本当に観光で雇用を作り地方創生につなげるの出れば、観光客数だけでなく、一人あたりの消費単価、域内調達率(顧客に提供された商品・サービスがどれくらい域内で付加価値が付けれられているか)の3つの因子を見ることが大事になるのです。 観光客がが増えれば活性化するんだ!というのはまさに思い込みや経験の類の思考です。


工場誘致に関しても同じことが言えます。 工場誘致をすると多くの雇用が生まれますし、そこに付随する関連産業も立地するので、雇用につながるからいいことだ、と考えられている節があります。ではそもそも、①地域は雇用を作る必要があるのか ②製造業は雇用吸収力が高いのか の2点を考える必要があります。 次のグラフは僕が住む日南市の職種別の求人数と求職者数のグラフです。






見てのとおり、事務職以外の職種はすべて求人数が求職者数を上回っています。つまり、事務職以外の職種は人手不足の状況で雇用をしたいけど、そもそも働き手が見つからない、という状況に陥っているわけです。これは景気がいいからではなく、少子化と若者が市外に流出した結果、生産年齢人口が縮小していることが原因です。製造業についてはその傾向が顕著で、僕も複数の製造業の会社の社長さんから「人手が足りないからなんとかしてくれ!」と言われます。このように、ただでさえ地場企業は
人手不足に頭を悩ませているのに、そこに自治体が工場を誘致したらどうなるか。さらに人手不足の状態に陥り、地場企業の経営を圧迫してしまいます。 この職種別の求人数、求職者数のグラフは日南市と串間市をあわせたのものですが、全国の地方都市は同じような傾向になっています。工場を誘致すると若者が働いて地域が活性化するんだ!というのは若者がたくさんいた昔であれば当てはまりますが、現代では事情が大きく変わっています。まさに経験と思い込みによる施策です。

このようにゆるキャラやPR動画だけでなく、地域の活性化に直結すると思われてた観光客増加や工場誘致も現在の環境だと逆に地域の重荷になってしまうことがあるのです。行政の意思決定者は基本的に50歳以上の経験豊富な方がされることが多いのですが、その経験がときには思い込みにかわり、経験から来る勘や思いつきによって施策が行われることがあります。施策には税金が使われ、行政職員の人件費も使われます。だからこそ、勘と思い込みと経験と思いつきによる取り組み、通称個々(KOKO)の取り組みからいち早く脱却し、データやエビデンスにもとづき、ロジカルに施策を組み立てて行くことが大切なのです。










  

Posted by たじぃ at 22:59Comments(0)

2017年04月13日

「目的」と「目標」が乖離してしまう残念な地方創生

日本の人口は2008年の1億2800万人を頂点に減少局面に入りました。それ以降ばらつきはあるものの毎年20万人のペースで人口は減少し続けています。このままでは日本の将来人口は2030年に1億1600万人。1億人の大台は2041年に下回ってしまうと言われています。それまで日本の人口が減少することを政府は事前に把握できてなかったかというと、もちろん把握できていました。人口問題の際に必ず持ち出される指標に「合計特殊出生率(一人の女性が生涯で出産する子供の数)」がありますが、人口を維持するためには2.06が必要とされています。この合計特殊出生率は1974年に2.06を下回り、現在は1.4あたりを推移しています。つまりこの合計特殊出生率を見ていると必ず人口減少局面に突入することは分かっていたわけです。ではなぜ、最近になるまでほとんど対策されず、話題にもならなかったのでしょうか。 それは政府もメディアも「人口の絶対数」しか見てなかったからでしょう。1974年に2.06を切ったにも関わらず2008年までの34年間も人口は増え続けていました。それは、医療技術の発達などにより年寄りの寿命が伸びていったからです。生まれる子供は減ってきているけれど、お年寄りが長生きするようになったので、合計特殊出生率が2.06をきってからも34年間人口が増えていったわけです。人口の絶対数しか見てないと、「人口は増えてるよね。安心安心。」という結論で落ち着くわけです。





しかし、今後は人口減少の勢いは加速しています。「そろそろ人口が減りだしたので、対策をしましょう!」といまさら言っても、合計特殊出生率が2.06を切ってからの34年間の助走をつけた上で減少に転じているわけです。早い段階で対策していればまだ傷口は浅いものの、思いっきり助走を付けられて人口減少に突入しているので、人口減少を止めることはもちろん、減少率を緩和することも困難を極めます。

最近流行りの地方創生の取り組みはこの人口減少をすこしでも緩和することを目的の一つとして取り組まれています。毎年500人が減っていれば、それを300人に押さえて、30年後に人口◯万人の維持を目指しましょう、という具合ですね。自治体の施策の中に目標数値を入れるということ自体は素晴らしいことだと思うのですが、この目標が「人口の絶対数」ということには気を付けなければいけません。

前回のエントリーである残念な地方創生「問題」と「課題」とも共通しますが、目標と目的の意味は似ているようで全然違います。目標というのは「標(しるべ)」と書くようにどこか行きたい場所があり、そこに向かうために参考にする案内板のような意味です。実際の案内板にも◯◯まであと5kmと書いてあるように、目標は数値化もしくは言語化されています。目的は「的(まと)」と書くように到達したい、もしくは到達すべき場所、状態のこと指し、必ず数値化・言語化できるとは限りません。ボーリングではレーンの途中に横に並んだ5つの三角印があります。その印(=標)を参考にして玉を投げると狙ったピン(=的)に当たるという関係が、まさに目標と目的の関係になります。

では地方創生における目標と目的は何か。目標は先述したように「年間で減少する人口を◯◯人から、△△人に緩和する。」「移住者を年間☓☓人にする」とか数値化できるものです。では目的は何かというと、「東京一極集中を是正し地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力をあげること」というのが政府見解です。それを踏まえて地方にとっての目的は何かというと、「地域に根ざす伝統や文化、産業、経済などを次世代(=若者)につなぎ、進化させ、地域の持続可能性を高める」ということになるでしょう。地域の人口をある程度維持し、伝統、文化、産業、経済を維持発展することが、国全体の活力につながります。

政府にとっても地方にとっても広義の目的は「持続可能性を高めること」です。その目的に到達するための標として、地方の人口を増やすことが設定されているわけです。(厳密に言うと地方財政と国家財政の話もありますが、それはまた機会があれば)

では、その目的を達成するための目標が人口の絶対数で間違いないのでしょうか。この人口の絶対数を追いかけて施策を打てば地方の持続可能性が高まり、国の活力があがるのでしょうか? 答えはノーのケースもある、というものです。 当たり前の話ですが、生まれたての赤ちゃんと、働き盛りのビジネスパーソンと100歳のおばあちゃんは同じ人口1人でも、その役割や必要な社会的援助は全然違います。そのような幅広い年齢の人を一人、とカウントし、目標に設定することは間違った標になりかねないのです。 地方創生に文脈において度々「人口減少が問題だ」という語り方をされるケースがありますが、厳密に言うと、人口減少自体が問題なのではありません。地域にとっての本当の問題はその地域の持続可能性が損なわれ、地域が消滅してしまうことです。それを防ぐために地域の持続可能性高めることが大事なのです。(詳細は問題と課題を混合する残念な地方創生にて)

では、地域の持続可能性を高めるためには何を標としなければならないのか。それは「地域の人口構成をドラム缶状に整える」ことです。その地域の適切な人口は、面積や産業、交通事情、周辺の地域との兼ね合いなどで変わってきます。しかし、どんな地域においても、この人口構造が歪(いびつ)であれば、その地域の持続可能性は損なわれていきます。高校卒業したら全員が都会に出てしまって帰ってこなければ、そのうちその地域から出産適齢期の女性がいなくなり、子供が生まれなくなります。逆に子供がたくさん生まれ、若い人がどんどん増えてくれば(昔の日本がそうであったように)働き口が不足してしまいます。地方で廃校が増える問題も、都会で待機児童が出る問題も人口減少自体が原因なのではなく、「人口構造が歪なること」で発生します。逆に地域の人口構成が各世代同じ人数になっていれば(歪がなくドラム缶状になっていれば)、あたらしく幼稚園を作る必要もなく、介護施設を作る必要もなく、今あるインフラを維持修繕していけばいいわけなので、財政的にも負担をかけません。つまり、地方創生の地方側の目標は人口の絶対数に置くのではなく、世代間人口の歪みの是正に置くべきで、各年齢層の歪みを何%以内にする、といった数値を目標にしなければなりません。目標が人口の絶対数だと、お年寄りを全国から誘致しようとか、極論を言うと延命治療に注力して人口減少を緩和しよう、といった施策も選択肢に入ってきます。倫理的な問題が絡みますが、少なくとも地方創生の意図とは少し離れてしまいますよね。目標は目的との最短距離上に設定することを心がけないといけません。そうでなけば、目標は達成しているけれど、どんどん目的から離れていく、といった疲労感しか残らない残念な状況に追い込まれる可能性があるのです。

冒頭でこのまま行くと2041年に1億人を切ると書きました。人口1億人といえば、1966年の頃です。人口問題に関心が薄い理由の一つが「人口を年齢別構成でなく絶対数でみてしまう」ということです。「1966年のころは1億人でもすっごく賑わいがあったよ!」と昔を思い出して言う人がますが、1966年の日本の平均年齢は29歳でした。生産年齢人口がどんどん増えるときの1億人と、高齢者人口がどんどん増えるときの1億人は全く違う1億人なのです。人口の絶対数ではなく、人口構成を見なければ、問題の重大さや、その問題解決のための課題設定はできないのです。

解決すべき問題を特定し、問題が解決されるための課題を設定する。そして、その課題を正確に素早く取り組み、改善を重ねていく。前回のエントリーである「問題」と「課題」を混同する残念な地方創生につながりますが、正確に問題の把握をすることが、筋の良い課題は設定できません。地方にとっての問題は「人口が減る」ことではなく、「人口構造(ピラミッド)が崩れること」です。それを見逃して手当たり次第課題を設定しても、地域はさらに疲弊していくだけなのです。
  

Posted by たじぃ at 20:26Comments(0)

2017年04月10日

「問題」と「課題」を混同してしまう残念な地方創生

東京一極集中をどう是正するか、移住者をどう増やすかなど、地方創生にまつわる議論や取り組みが盛り上がっています。政府は従来のような「日本全国一律支援します」というスタンスから、「頑張る市町村を集中的にサポートします」というスタンスに変わるなど、政府としても大きく方針転換しつつあります。しかしながら、現場の地域や、市町村に行ってみると地域の問題が解決されるどころが、どんどん問題が悪化する泥沼にはまっている地域も見られます。なぜ、そのようなことが起こるのか。まちづくりで大切と言われる「公民連携」を軸にまとめてみました。





問題を解決するためには大きく3つのサイクルがあります。①解決すべき問題の決定、②問題解決のための適切な課題の設定、③設定された課題を正確に実行する、です。問題と課題はよく混同して使われることがありますが、問題とは「理想の姿と現実の姿のギャップ」のことをいい、課題は「そのギャップを埋めるために取り組むタスク」のことをいいます。小中学校の夏休みの宿題の定番である読書感想文にも課題図書というのがあったと思います。この宿題は「読書を通して自分の考えを作文としてアウトプットすることができる」という理想と、「その力がまだ足りない」という現実を埋めるために子供にとって適切な「課題」を学校側が設定しているわけです。計算ドリルや漢字ドリルも、「習った漢字は読み書きできる、習った計算は正確にできる」という理想と「まだ計算力、漢字力が十分ではない」という現実を埋めるためのものですね。


さて、このような問題と課題の定義についてはビジネスの場では当たり前のように区別されていますが、こと地域活性化や地方創生の分野になると急に曖昧になってしまいます。地域で行われる会議では問題も課題も区別して語られることは皆無ですし、もし地域が解決すべき問題を決めれたとしても課題設定がチグハグ、さらに誰もその課題に取り組まない、、、などなど絶望的な気持ちになることが多々ありました。


地域の問題を解決するための3つのサイクル①解決すべき問題の決定、②問題解決のための適切な課題の設定、③設定された課題を正確に実行するを官(行政)・民(企業)・政(政治家)で役割分担することが重要です。公民連携とざっくり言われることがありますが、具体的な肝は問題解決サイクルを公(政・官)と民とで役割分担することです。

①の解決すべき問題の決定をするのは政治家(主に首長)です。極論を言えば政治家はそのために住民から投票というカタチで選ばれているわけです。どの問題を解決するのか、それをやってくれるリーダーを選ぶのが首長選挙です。
次に②問題解決のための適切な課題の設定は民間が得意とする領域です。理想と現実を的確に把握し、その差を埋めるための課題をロジカルに設定する力は民間企業の商品・サービス改善で培われています。
そして最後の③設定された課題を正確に実行するに関しては官(行政)が最も得意とする領域でしょう。僕も4年前から行政で仕事をすることになって、タスクを正確に確実に処理する力に尊敬しました。そもそも行政は一定の試験に合格している人たちの集団です。誰かから与えられた課題(タスク)を正確に時間内に処理する力の高い人たちの集まりなので、それもそのはずですね。その一方で自らで課題を設定する機会は多くありません。県や国の補助金を使って建物を作ることはあっても、そもそもその建物を作ることで問題が解決に向かうのか、を問われることはほぼありませんでした。自治体の施策といえば、同じようなイベントやったり、ゆるキャラ作ったり、動画を作ったり、、、。果たしてそれが地域の問題解決につながるのか疑問なのに実施しているのは適切な課題の設定が苦手(な意思決定組織)だからでしょう。


僕が住む宮崎県日南市は地方創生の文脈で紹介していただくことがしばしばあります。例えば、油津商店街の再生について。この油津商店街は今では全国どこにでもあるようなシャッター商店街で、「子供だけで近づかないように」と指導されるほどの商店街でした。そのシャッター商店街を再生させるべく日南市が打ち出したのは「4年で20店舗のテナントを誘致する専門家を公募する」というもの。委託料は市長よりも高い月額90万円と全国でも大きく話題になりました。そこには333人の応募がありましたが、そこから選ばれたのが木藤亮太さん。彼は契約期間の約4年で28店舗のテナント、企業、保育施設、ゲストハウスなどを油津商店街に誘致し、活気を取り戻しつつあります。また、企業誘致の面でも取り上げられることがありIT関連企業が1年で10社進出し、すでに70名以上の雇用を創出。しかもそのほとんどが20,30代の女性ということも注目をあつめています。他にも1回で4,000人を超える外国人観光客が訪れる大型クルーズ船がシーズン中は毎週のように入港したり、城下町の空き家を民間資金でリノベーションし高級宿泊施設に変容したりと、様々な施策が同時並行で進んでいます。


それらの「衰退した商店街」「若者の少ない雇用」「観光」「増える空き家」を解決すべき問題として設定したのは市長です(前市長も含む)。そしてその問題解決のための課題の設定は民間が中心となって行い、設定された課題には行政が責任を持って関わりながら市民も一緒に取り組む。そうやって一つ一つプロジェクトが動き出し、問題解決3つのサイクルが加速し、それがPDCAのもと改善して精度が高くなっていく。それが事業となり、マーケット(市場)の力に乗っかり、行政や政治が介入せずとも自走していく。そんな事例が日南市では生まれだしています。



戦後からバブル時代くらいまでは、問題解決の3つのサイクルは日南のそれとは違っていました。①の解決すべき問題の決定は昔も政治家でしたが、②の課題の設定は官(地方公務員)が行い、③の課題への取り組みは民(企業)がやっていました。地方公務員は国の各省庁からスキームと補助金がセットになったメニューが出されているので、自分たちが取り組みたい課題を決めて導入すればよかった。これまでは国が用意するメニューを選んで、民間の事業者に発注しておけば地域は回っていました。それは各省庁が日本よりも先を行く国を視察し、その事例を各市町村(都道府県)が導入しやすいメニューにしてくれていたからです。なので、地方は国が作るメニューを選んでおけばなんとなく時流に沿ったまちづくりができていたわけです。(もちろん、人口が増加していたので筋の悪い課題を設定していても自然と問題が解決されていくこともあったと思います)



しかし、日本は世界でもまれに見るスピードで高齢化が進み、人口の急激な減少が見込まれ、もはや日本が参考にできる(成功している)国がなくなってしまいました。国としてもこれまでのように成功国の事例を補助メニューにカスタマイズして、全国の市町村に導入してもらうだけではダメということに気がついてしまいました。しかし全国の市町村のマインドは昔と同じで国が用意するメニューをいかに導入するかから抜け出せず、国としても全国の市町村に共通する成功モデルをメニューとして作ることはできないと悟っています。だからこそ、これまでの地方活性化施策に見られた「全国一律での活性化」から「頑張る地域を優先してサポートする」という方針に切り替えたのでしょう。そんな中、まさに主役は地方です。地方は現場で必死に問題解決に注力し、国はその中から汎用性の高いものを他の「やる気のある」地域に広めていく。これまでとは全く逆のベクトルでの地方の活性化の取り組みが始まりました。



そして問題解決3つのサイクルである①解決すべき問題の決定、②適切な課題設定、③課題への取り組み、がうまく進んでいれば応援&サポートし、変な方向に進んでいれば方向修正をサポートするのが「議会」の役割です。執行部側(=問題解決側)の伴走者として地域住民の声を届けることが役割です。



そんななか、なんと4月16日(日)は日南市長選挙、市議会補欠選挙が行われます!地域のあらゆる問題の中でどの問題を解決すべきなのかを決める首長と、その問題解決サイクルが順調に進んでいるかどうかをチェックする議会のメンバーを決める大事な日です。ぜひみなさん、投票にいきましょう!それが地域の問題解決を支える地域住民の意思表示の場です。
  

Posted by たじぃ at 17:03Comments(0)