2010年06月29日

何が君の幸せ、何をして喜ぶ~ って名曲だと思う。

やっぱ、「誰かのため」「何かのため」にじゃないと頑張れない。

物欲も名誉欲も無い人は「自分のため」には頑張れない。

そんな、6年前に気がついたことを、今日改めて感じた。

大学時代に始めた塾のバイトでは、
商業高校で高校野球一筋だったけど、やっぱり大学に行きたい、という生徒のために、
自分も勉強したことが無い数ⅡBを勉強して教えていた。

睡眠時間を削りに削った映画の撮影では、
日本のみんなに宮崎で作られた映画を見てほしい、と本気で思っていた。
(結果的に中国・韓国でもみられていたんだけど。)

メイド喫茶を上海に作った時も、
日中の関係修復にサブカルをと通して少しでも貢献したい、と本気で思っていた。

また、宮崎大学からでも自分の行きたい企業に行けるかも、
という自身を持ってもらいたかったし、
宮崎からでも国際貢献って出来るんだ、って感じてほしかった。

それは、自分が社会と同じ目線で見れていたからだし、
自分の行動が少なからず社会に貢献していると信じていた。


ただ、社会人になってからというもの、「人の役に、社会の役に」立ててる感が無い。
「もらったお金は感謝の表れだ。」と良く言うけど、
この前チャリティーコンサートで集まった50万円の方が、
仕事でもらった500万円より気持ちがこもっていると思う。
100万円受注しても泣かないけど、この前は若い兄ちゃんが
1000円寄付してくれたのを見て、本気で泣いた。

ものの価値なんて、絶対にお金で測れない。

高級ホテルで食べるフカヒレよりも、種から育てたトマトの方が絶対うまい。
国の億単位の予算目当てに役人に近づく、営業マンのスマイルよりも
おばあちゃんが孫にお小遣いをあげるときの微笑みの方が美しい。

最近東京の街を歩いていると目に入る物が片っ端から価値の幻想に見えて仕方ない。
多分、本当に価値があるものはこの街にはない。
じゃぁ、どこにあるのか、と聞かれても分からないんだけれども、
通貨経済にみんな騙されて生かされているように思えてくる。
経済は通貨でまわすもの、って誰が決めたの?

空虚な幻想に沈んでいくこの国を「強い経済」で立て直す、
なんておっしゃっている人がテレビに出てきた。


まぁ、そんなこと言ってないで早く寝よう。
明日も早いんだ。明日は誰のために働こうかしら。

たじぃ









  

Posted by たじぃ at 00:05Comments(1)