2014年05月25日

神話の故郷宮崎で、歴史は繰り返す。

日南市に着任して10ヶ月目に入った。これまでやってきたことに対して、お褒めの言葉を頂いたり、逆にお叱りの言葉を頂いたりしながらも、日南市の外貨の獲得施策を行なってきたつもりだ。

初年度を終えて、これまで意識してきたことは、2つである。一つは話題の創出&発信。もう一つは、大きなうねりを起こすための下準備である。この二つはバランスが非常に重要で、話題の創出&発信ばかりをやっていても単発のイベントで終わってしまうし、うねりを起こすための下準備ばかりやっていても、仕事が見えてこないので「ちゃんと仕事しているのか!」と怒られてしまう。この2つの仕事を迅速かつ着実に行なっていくことが、直近で求められていることであり、今後の日南市の外貨獲得施策にもつながってくると思っている。

ある日、そんな話をカフェでしていたら、ある方が「まるで天照大御神(アマテラスオオミカミ)を地上に引っ張りだすみたいだね。」とおっしゃった。

それは古事記の中にでてくる一節。世の中に明かりを照らす神様である「天照大御神」が、天岩戸(あまのいわと)という洞窟の中にこもってしまって、入り口を大きな岩で塞いでしまった。世の中は暗闇に覆われてしまった。はじめは説得をしていたが返事もしてくれない。力づくで開けようとしても頑丈な岩は重く固く開く気配がない。どうやったら彼女が出てきてくれるのか、困った人々は会議を開いてもなかなか良い案が浮かばない。大勢の人が何度も集まり、会議を重ねるなか、ようやくやっと一案出てきた。それは、天照大御神がこもってしまっている天岩戸の前の広場で呑んで騒いでの宴会をし、天照大御神が気になって中から覗くために岩を少し開けたその時、力持ちの天手力雄命(タヂカラオノミコト)がその岩を一気に開けて、天岩戸に隠れていた天照大御神を引っ張りだそうという作戦である。結果はご存知の通り、その作戦は、見事に成功し、また世の中に光が戻ってきました。めでたしめでたし。という話である。

この一連の作戦を実行するにおいて、会議の中で「そんな作戦うまくいくのか?」と懐疑的だった人もいたと思うし、お手並み拝見と言わんばかりにちょっと離れて見てた人もいたはずである。また、いざ宴会をはじめてみても、時間が経つにつれ疲れてきた人は「こんな事やってて本当に世の中に明かりは戻ってくるのか?」と言い、踊りをやめてしまった人もいたと思う。あくまで、想像だけれども。

しかし、そんなときでも、誰かがバカになって、楽しく歌や踊りを続けていたはずである。ひょっとしたら効果が無いかもしれない、と本人も弱気になって辞めようと思ったこともあったかもしれない。それでも、天照大御神が岩を自ら開ける、と信じて踊り歌い続けていた。

そしてもう、天手力雄命(タヂカラオノミコト)がちゃんと、岩のすぐ横で、天照大御神が気になって中から覗くために岩を空けるのを待ち構えていた。まさに見事な連携プレーである。

歌って踊ってるだけでもダメだったと思うし、力技で岩をこじ開けようとしていてもダメだったともう。「まわりが気になってしまうくらい楽しい宴会できる人」と「岩をこじ開けられるくらいの力持ちの人」の見事な連携プレーである。

いま、日南市で起きていることは、まさにこの神話の再現である。人口が減り、産業が消え、地域が衰退していく中、まさに現代の天照大御神を引っ張り出さないといけない。しかしながら、これまでの政策はどちらか片一方だけだったことも多い。何億と言う巨額の予算が投じて手力男命を送り込んでも、歌って踊る人はいなかったし、市民活動が盛んになって盛り上がってきても、大きな力を出せる企業なり、行政がそこには無かった。そして、踊りに疲れて宴会が終わってしまい、ちょっと気になりだして隙間から見てた天照大御神もまた岩を元に戻して、奥に戻って行っていた。

いま、僕らがやらなければいけないことは、日南市の人たちと一緒に楽しそうに歌って踊って、外の人に「日南市と何かやってみたいな」と思ってもらい、実際に仲間を増やし続けること。途中で疲れて「もう帰りたい」という人には励まして、一緒に楽しむ。
そして、地域を大きく変えられる大きなパワーを持った人たちが出てきた「その時」に備えて、準備をしっかりと行うこと。これも地味だけどすっごく大事なことだと思う。

まわりを巻き込む「宴会」と、しかるべき時に一気に仕掛ける「準備」二つをしっかりと行うことで、社会に明かりが戻ってくる。

まさに、何千年、何万年の時を超えて、神話の舞台となった同じ宮崎県で、歴史が繰り返されようとしているんだ、と思うと、不思議な縁だなぁと、感慨深い。
  

Posted by たじぃ at 14:23Comments(0)