2016年10月12日

なぜ地方の人は残業しないのか。

IT企業を中心にコールセンター業務や、WEBの管理・運用などを東京でなくてもできる業務を地方都市に移管していく流れが起こっています。それはコスト削減を目的として行われるわけですが、その対象となる一つが人件費です。厚労省が発表している2015年のデータをみると、最も年収が高いのは東京都で平均623万円。最も年収が低いのは沖縄県は平均355万円となっており、280万円ほどの開きがあります。 IT企業はWEBでのコミュニケーションに慣れているため、東京の高い人件費を払ってやる必要のない仕事を、沖縄などの人件費の安い地域に移行させ人件費を削減するわけです。しかし実際に地方にサテライトオフィスを出して地方の人を雇用して運用してみると、人件費は想定していたほど削減が出来ないケースが多々起こっています。



(▲画像 建築設計:水上哲也建築設計事務所  写真:鈴木研一)
 
IT企業の進出先として有名なのは沖縄県で、日本で最も人件費が安いためサイバーエージェントを代表として多くのIT企業がサテライトオフィスを開設しています。他にも宮崎県や島根県、高知県にも多くのIT企業のサテライトオフィスが開設されており、最近は全国の地方都市に広がっています。 
しかし、地方にサテライトオフィスを開設した企業に話を聞くと、人件費の削減効果は思ったほどではなかったと言う話がよく上がります。それは地方で雇用した人は基本的に残業をしないため社員数が増え、想定していた人件費の削減が出来なかった、と言うものです。東京では仕事が終わらなければ当たり前のように残業するのに、地方では定時で帰ってしまうため、結局は社員を増やさなければ回らなかった、という内容です。実際、宮崎県に進出したIT企業に勤める社員も定時で帰宅するのが主流ですし、稲刈りの時期などは有休を普通に取得することも全く珍しくありません。沖縄県では聞いた話だと、残業はおろか、そもそも始業時間に社員が出社をせず、無断遅刻や欠勤が多発し、結局、東京の社員を沖縄に派遣して業務をしているという笑えない事例も出てきます。しばしば「地方の人は仕事に対してルーズだ」という言い方をする東京の人がいますが、話はそんな単純ではありません。なにも東京の人が勤勉で地方の人が勤勉じゃないという話ではないのです。(そもそも論として残業してまでノルマをこなすことが勤勉という価値観がおかしいのですが。)

なぜ、同じ日本でこのように仕事に対するスタンスが違ってくるのか。これは詰まるところ経済活動のパターンが東京と地方で違うからです。 

これは僕が勝手に分類して命名したものですが、日本国内に存在する経済活動のパターンは「貨幣経済」「物々交換経済」「貸し借り経済」「自給経済」の4つです。


・ 貨幣経済・・・・・貨幣を介して商品やサービスが提供される一般的にイメージされる経済。
・ 物々交換経済・・・農家と漁師が野菜と魚を交換するといった物々交換から生まれる経済。
・ 貸し借り経済・・・誰か大事な人を紹介してくれたとか、トラブルに遭遇したときに助けてくれたとか、「恩」に紐づく貸しと借りで成り立つ経済。世代を超えて家系で引き継がれていくこともあり、「彼のおじいさんには大変お世話になったから、彼にはなんでも協力しろ」みたいに100年単位で続くこともある。
・ 自給経済・・・自分の家で畑を持っていて作物ができるとか、家で味噌や醤油を作っているとか、物を購入しなくても自給でまかなえる経済、というものです。

この4つの経済活動パターンのバランスにより貨幣を得るための労働にどれだけリソースを投下するかが変わってきます。東京はもちろん貨幣経済の比重が最も重いエリアです。ほぼすべてのサービス、商品は貨幣を通じてやり取りされます。逆に言うと貨幣を持っていなければ商品・サービスを得ることは出来ない社会といえます。物々交換経済はおろか、自給経済もほぼゼロなので、圧倒的な貨幣経済と少しの貸し借り経済で成り立っている地域といえます。その真逆で最も貨幣経済の割合が低いのが沖縄です。沖縄は地元人同士のつながりがとても強く、沖縄出身者コミュニティはウチナンチュー(沖縄の人)とナイチャー(いわゆる本土の人)という言葉があるくらいめちゃくちゃ強い。なのでその固定したコミュニティに基づいた貸し借り経済や物々交換経済もしっかり根付いているわけです。僕が住む宮崎県日南市も東京に比べると圧倒的に貨幣経済の割合が低いです。みかん、焼酎、お米はよく物々交換されていますし、本業とは別に農業をやっていてお米と果物は自給しているという人もたくさんいます。(僕もオーナー制ではありますが、田んぼを2箇所で持っています)

東京は人と人とのつながりがなくても貨幣があれば商品・サービスを受けられます。また人もたくさんいて入れ替わりも激しいし、コミュニティも自分の意志で自由に行き来ができます。そもそもお金があればコミュニティに属さなくても生活はできます。しかし地方都市に行けば行くほどコミュニティは固定化しており、貨幣で得られる商品・サービスの幅も少ない。そして例え貨幣があってもコミュニティの中で同じ地区の人たちや関係性を築けなければ、いわゆる村社会の中で孤立してしまい社会的な死を意味します。極端なケースでは、お金を持っていても地元住民と関係が破綻していれば、いざという時に誰も助けてくれない可能性すらあるのです。逆に言うと、コミュニティの中で人間関係が築けていると物々交換経済の幅は広がり、貸し借り経済もうまく活用でき、ピンチのときにお金が無くても過去の個人の信用や関係性から地域コミュニティに助けてもらえる可能性がある。つまり生活していくためのリスク分散ができるわけです。

「なんのために働くか」という壮大な問いがあります。自己実現のため、とか好きなものを買うため、とか答えはそれぞれだと思いますが、最低限の目的は「生きるため」でしょう。その最低限の目的を達成するために、貨幣経済に依存している東京では働かなければお給料が得られず、商品・サービスが受けられません。それは死に直結します。しかし地方では貨幣経済以外にも物々交換経済や貸し借り経済、自給経済もそれなりに機能しているので、たとえ貨幣の収入が低くても東京のように死に直結することはありません。貨幣経済ももちろん大事ですが、物々交換経済や貸し借り経済もあり、それらの経済を成立させるためには地域社会との関係を築いていることが大切です。なので地区や消防団の飲み会とか、PTAの会合、お祭りの神輿担ぎ、運動会の場所取り、稲刈りシーズンの手伝いなどに出席して、地域コミュニティとの関係性を作っておくことが重要になるのです。

仕事が残っているのであれば、残業してでも終わらせるべきだ、というのは貨幣経済中心の東京では当たり前の論理ですが、物々交換経済、貸し借り経済、自給経済も並列している地方の経済であれば、例え貨幣を得るための仕事が終わっていなくても、その他3つの経済にも対応するために、残業せずに同級生との飲み会や地区の会合を優先するという選択肢も妥当になるのです。東京にいると貨幣経済が大部分を占める経済モデルのため、貨幣を得ることが得意でない人は非常に苦しい生活を強いられますが、物々交換、貸し借り、自給のそれぞれの経済パターンもある地方であれば、その他の経済パターンが補完してくれるのでリスクヘッジが効き精神的にも楽になるでしょう。 物々交換や貸し借り経済を成立させるための活動がめんどくさいという人は東京の貨幣経済に集中すればいいし、貨幣を得るのが得意ではないな、、、という人は地方で生活し他の経済パターンも取り入れた生活をする、という選択も合理的かもしれません。


 経済パターンが構築されるためには、何に信用が置かれているか、ということが肝になります。貨幣経済はお金に信用が置かれています。しかし、地方の経済はお金以外にも信用の拠り所はたくさんあって、物々交換経済であればモノそのものに信用があり、貸し借り経済は◯◯家だったり、個人に信用があり、自給経済は肥沃な大地や良質な漁場に信用があるわけです。地方に行けば行くほど経済のパターンが複数化し、安定したポートフォリオが組めるようになります。地方では確かに平均所得は東京よりも低くなりますが、その低くなっている金額部分を数値化出来ないその他の経済パターンで穴埋めしているわけです。これが平均所得や地域経済の数字からでは見えてこない地方の経済の実情なのです。



この記事へのコメント
斬新な目線の経済の分類、面白かったです。
私は一年前から東京から四国に転勤して働いていますが、地方でも二極化を感じています。
コンビニや郊外型大型商業施設が進出し、貨幣で大抵のものが手に入るようになっています。一方で田畑は豊富にあり、朝から軽装で畑に出ている方もよく見かけます。
仕事面に関しては、わざとだらだら仕事をし、定時後もだらだらと残って残業代を稼ごうとする方も見受けます。車社会のため、ご近所付き合いや、お酒の席での付き合いが希薄という面もあります。
ただ人が少なく、土地も豊富、満員電車等のストレスなくのんびり暮らせる利点もあり、IT系の地方進出はコスト面以上に利点があるように思えます。
後はその地方で、周囲の人と関係をつくっていけるか、また元々の住民が新しい住人をあたたかく受け入れてくれるかが重要ではないかと思っています。
Posted by まさ at 2016年10月13日 22:47
別に普通に残業してますけど…?
Posted by 地方在住 at 2016年10月14日 15:01
残業は皆普通にやってます。
むしろ東京本社の方が、帰宅は早いです。
Posted by 酒呑童子 at 2016年10月14日 19:28
カープ。優勝しましたね。
日南も盛り上がってると思います。

さて、仕事って相手あっての事なんで、私の場合自身が所属する組織の勤務時間と相手の仕事完了時間が一致していないと相手に合わせるため結果的に残業となってしまいます。

残業そのものが悪ではなく「所属する組織の雰囲気に合わせて退勤時間がなんとなく決まってしまう」事が課題じゃないかと思います。
帰りたい人は所属する組織のメンバーに関係なく帰れば良いのに、なんとなく残らざるを得ない状況がよろしくないのでは?
Posted by 猛鯉基成。 at 2016年10月16日 01:50
都会から地元の地方に戻って両方を知っている者です。

貨幣を稼ぐことが苦手な方は地方に行ったら良い、という点は同意できません。

なぜなら、貨幣を稼ぐのが苦手な方は、ほとんどが人間関係を構築するのが苦手な方だからです。

ご指摘のように、地方では、都会と違って濃密な人間関係が求められます。

そのような方が地方にきたら、待っているのは、まさに社会的な死です。
Posted by 万都屁々 at 2016年10月16日 10:15
那覇市内は完全に貨幣経済だし、石垣島でさえ貨幣経済が進んでいるよ。
限界集落なら、50%ぐらいに低下しますが・・・
※しかし都会からの新参者には、それらの恩恵はありません。
途上国の農村では10%ぐらい、アフリカの部族・縄文人は0%かな?
Posted by お金の奴隷 at 2016年10月16日 23:21
宮崎出身の宮崎在住です。
残業して帰宅後、読ませて頂きました。
ブログの内容で、田舎は仕事に責任を持っていないような印象を受けましたのでコメントさせて頂いています。
私がいた職場では、どこでも必要があれば残業をしていました。
自宅で作られた農作物を頂くのが多いのは事実で、人との繋がりが強いのも事実ですが、それで残業しなくていいとは思っていません。
Posted by がちゃ at 2016年10月25日 23:19
 
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